> 他方、ここに訳出する「理想郷からの知らせ」の原著題は、すでに書いていますように、News from Nowhere です。私自身は、Nowhere を No-where(どこにもない所)ではなく、Now-here(現にここにある所)と読みたいと思っています。といいますのも、モリスは、革命後の世界に実際に身を置き、本当にそれを体感しているのではないかと考えるからです。もはやそれは、「夢というよりは、むしろひとつのヴィジョン」の力を得て創出されるところの新世界なのです。その意味でモリスによる新世界の可視化は、単にセンティメンタルでロマンティックな dreamer(夢想者)によって生み出されたものではなく、さらにそれを一歩前に進めて、言葉の原義(designare/disegno)が示すとおりの、熱情と冷徹とに支えられたみずみずしくも知的な designer(創案者)の手によって表出されたのではないかと、私は解釈するのです。
> 一八九八年までに、News from Nowhere は、フランス語、イタリア語、ドイツ語に翻訳され、日本にあっては、『平民新聞』において、一九〇四(明治三七)年一月三日付の第八号から四月一七日付の第二三号までの連載を通して紹介されます。これは、枯川生(堺利彦)による抄訳で、「理想郷」というタイトルがつけられていました。連載後、ただちにその抄訳は単行本としてまとめられ、「平民文庫菊版五銭本」の一冊に加えられます。発行所である平民社の編集室の後ろの壁の正面にはエミール・ゾラが、右壁にはカール・マルクスが、そして、本棚の上にはウィリアム・モリスの肖像が飾られていました。しかし、連載を終えると、不幸にも訳者の堺利彦は、官憲の手によって獄窓の人となるのです。当時、社会主義弾圧下の日本にあってモリスを紹介する行為には、まさしくいのちをかけた、正義のための不退転の決意が寄り添っていたのでした。
> ここをひとつの起点として、News from Nowhere は、爾来百数十年になんなんとする日本へのモリス紹介の歴史のなかにあって、これまで多くの優れた文人たちによって訳されてきました。訳書題も時代とともに移り変わります。終戦以降は「ユートピアだより」がほぼ定着します。私自身もこれまで、慣例に従いながらも漢字表記を使って、「ユートピア便り」を訳語としてきました。しかし、それにもかかわらず私は、「理想郷からの知らせ」というタイトルをあえて新たに用いることにしました。それは、このユートピアン・ロマンス(夢想的物語)の翻訳者として、自分の身の危険を顧みず、勇敢にも日本の最前列に立つことを決意した堺利彦に敬意を表し、彼が使用した「理想郷」という文字をどうしてもここで再現したかったからです。News from Nowhere を訳したからといって、少なくとも今日にあっては投獄されることはありませんが、夢を語り、理想を掲げることが困難になる時代が、いつまた来るかもしれません。今日の世界を概観すると、戦争や核兵器の放棄に手をこまねいています、なぜ平和主義に徹することができないのでしょうか。原子力発電から自然エネルギーに転換することに躊躇しています、なぜ過去の教訓に学ぼうとしないのでしょうか。差別や迫害が横行し難民が生まれています、なぜ人権が守られないのでしょうか。気候の変動を止めることができません、なぜ自然のなかに生きる道を模索しないのでしょうか。富める者と貧しい者、多数者と少数者、そして勝ち組と負け組のあいだに理不尽にも大きな溝が存在します、なぜ同じ人間が平等に生を享受できる地平が用意されないのでしょうか。全体的に見ると、明らかに人類の生存が脅かされているのです。しかしそれは、いまに限ったことではありません。そうした状況は、かつては中世の「ジョン・ボールの夢」のなかに現われ、一九世紀イギリスの社会主義運動のなかで再び強く問われ、それを乗り越えた人びとの姿を、いま私たちは「理想郷からの知らせ」というユートピアン・ロマンスから読み取ることができるのです。しかし、すべての問題が解決されているわけではありません。私がいま確信していることは、理想を語ることを諦めてはいけないということです。そのためにも、モリスの芸術と社会に対しての語りと実践は、多くのヒントを与えてくれます。

www2.kobe-u.ac.jp/~shuichin/wo…

#NewsFromNowHere #WilliamMorrisJa #理想郷 #平民新聞 #枯川生 #堺利彦
#中山修一